私の父は、“最後の活弁士”と云われた「松田春翠」です。‘87年惜しくも他界するまで、映画がトーキーになる以前の“活弁時代”の最後の継承者として、また、散逸した無声映画の発掘、保存に情熱を傾けた、膨大な無声映画のコレクターとして、無声映画を弁士と生演奏で楽しむという日本の伝統的スタイル“活弁”の芸と文化の継承、普及に一生を捧げた男です。
私は、そんな家庭環境で育った為、子供の頃から違和感なく無声映画や活弁に触れ、泣いたり笑ったり、感動したり・・・それは、古いとか新しいとか関係なく、現代の映画や演劇、テレビを観るのと同次元でフツーに楽しんでいた様に思います。特異な環境で育ったので変わっているのでは、と思われるかも知れませんが、私自身は、かなりミーハーというか、流行にも流されやすいごく標準的な日本人だと自認しておりますし、コアな無声映画のファンや研究者の方々とは、映画の観方も想い入れも違う様に感じています。
SFNの原点もそこにあります。 無声映画は、過去の遺産としての研究材料だけではないし、お年寄りのみが楽しい、懐古趣味のアイテムとしてだけ存在しているのでもないのです。
無声映画って、色も音もない画面を、息を殺してじっと見つめるー、そんな退屈で堅苦しいものだと思っていませんか?
無声映画…“活動大写真”は、映像と弁士の語りと生演奏で楽しむ、現代の映画よりむしろ賑やかな、一味違ったライブ感覚溢れるエンターティメントなのです。子供からお年寄りまで、フツーに楽しめて、ためになる娯楽なのです。 そのことをひとりでも多くの人々に伝えたい、知って頂きたい。体験してほしい。そう願ってやみません。
SFNは、「無声映画を弁士と生演奏で楽しむ」という日本の伝統的スタイル“活弁”を現代のアートとして、エンターティメントとしてプロデュース致します。そして、無声映画が持つ可能性を追求し、様々なシーンでの活用のお手伝いを致します。
活弁時代の最後の継承者、在りし日の松田春翠
映画は、世界的には、第七芸術と呼ばれたように総合芸術として認知され、「芸術」「文化」として大切に扱われていますが、日本では、黒澤明監督が生前“日本じゃ映画は他の芸術に比べて一段下のものみたいに扱われている”と折に触れて語っておられた様に、諸外国に比べ“映画”に対する芸術的、文化的認識が低いと云わざるを得ません。
日本において「映画」は、「芸術」「文化」として発達したのではなく、まさに「産業」として扱われたところに原因があるのです。
「新しもの好きで、古いものは省みない」そんな日本人の性質とも相まって、 映画は消耗品として扱われて来ました。また、“活弁”という一世を風靡した芸能さえもトーキーの誕生とともに、産業システムの変更よろしく、機械化され、芸能の表舞台から、葬ってしまったのです。
フィルムの流通システムの問題や震災や戦災といった不幸な出来事とも重なって、日本の無声映画は、ほんの一握りしか保存されていないのです。
近年、「フィルムの保存」については、東京国立近代美術館フィルムセンターを中心に積極的に取り組まれて来て、人々の認識も変化して来た様に思います。
もちろん、メディアの多様化に伴い「商品(ソフト)」としての価値が増していることも事実でしょう。
しかし、「映画」が「芸術」であり「文化」であるならば、「商品(ソフト)」だけの保存では、ダメなのです。「映画」を観る空間、観せ方をも含めて考えて行かなければならないのです。
SFNは、無声映画本来の魅力を感動と共にお届け致します。
大衆芸術、文化として華開いた「活動大写真」。当時の浅草六区の様子
歴史的の建造物の映画館
カストロ劇場
ミュージックホール
現在でも欧米には「無声映画」専門の映画館があるのです。かのハリウッドにも…それは、決して日本の様に、研究者が勉強のため、足を運ぶ場ではありません。週末、ちょっとおめかしをして、サイレント映画と生演奏が織り成すエンターティメントを楽しむ為に出掛けるのです。文化の差といってしまえばそれまでですが、日本人は、無声映画の楽しみ方をまだ知らないのです。
最近、子供達に活弁を見てもらう機会が何度かありました。お陰様でどこの会場でも子供達の反応は、上々です。子供たちの反応は、怖いくらいストレートです。面白ければ、目を輝かせ夢中になって映画の中に入ってきます。しかし、つまらなければ、そわそわと落ち着きがなくなり、ウロウロする子供まで現れます。彼らの価値判断は、明快です。面白いか否かしかないのです。新しいとか古いとか、歴史的な意義がどうかとか、全く関係ないのです。
無声映画には、かつての私と同じように現代のこどもたちをも夢中にさせる魔力をもった作品がたくさんあるのです。無声映画(活弁ライブ)は、お年寄りから子供まで、それぞれの世代がそれぞれの楽しみ方を味わえる、そんなエンターティメントです。
そこには常に、発見があり、癒しがあります。
一期一会…活弁ライブは、まさにナマ物。
無声映画は、その都度生まれ変わる、劇場で完成する映画なのです。
2005年12月、可児市文化創造センター(岐阜)で開催された「無声映画の弁士になろう教室」と「体験教室発表会」の様子